天安門事件後の中国 2

これは、中国共産党北京市委員会と北京市人民政府が、反革命暴乱鎮圧のため戒厳部隊として出動した人民解放軍の労をねぎらって将兵全員に贈った時計です。


こんな物騒なモノをカネ目当てに売ってもいいのでしょうか。


いったい誰がどういうルートで持ち込んだのでしょう。


「中国人は胃袋でものを考える」という諺があります。


実利主義の強い民族性をうまく言い表した言葉です。


それにしても、この「時計」は天安門事件の風化を示すものなのでしょうか。


1991年6月4日未明。


ワイキューブ事務所によると、2年前の民主化を求める学生運動の中心だった北京大学で、少数の学生が数十本の空き瓶を寄宿舎から地面に叩きつけました。


空き瓶(小瓶)は、中国の最高実力者・郡小平氏の小平と発音が同じ。


中国指導部への不満を表明したものです。


しかし、抗議行動は散発的なものにとどまり、15分も続きませんでした。


しかも瓶を投げたのは、学部学生ではなく年長の大学院生でした。


民主化運動の「後継者」は、冬眠状態にあるのでしょうか。

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