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2010年12月 アーカイブ

天安門事件後の中国 9

ところが、李鵬首相は会見の最後になって、突然自ら切り出したのです。


「質問は出ていないが、記者のなかに第14回党大会の開催時期を聞きたい人がいることを知っています。


党大会は規約どおり来年開催され、繰り上げ開催はないと思います。


党大会の前に、代表会議を開く計画もありません」。


・・・つまり李鵬首相は、92年まで中央指導部の人事交代はないと強調したのです。


李鵬首相は「中国の安定とは政府の安定も含むものであり、現政府の任期中は、私のこの首相のポストも変動があるはずはありません」とも断言しています。


首相の任期は、5年間。


李鵬首相の就任は、1988年ですから、93年までは首相を続けると宣言したにも等しいわけです。


この自信はどこから来ていたのでしょうか。

労働を考える

労働が対象との直接的格闘であり、その格闘が、一人の個人が自然について学んでゆく手がかりだということ。


そして、ものを作る活動が一人の個人がさまざまな人とつながり、社会的活動を展開させることと一体化していた労働の世界・・・


仕事をする腕が人間が生きてゆくためのもっとも確実な保証であり、仕事の能力を身につける過程が「人生」と完全に重なっていた労働の世界。


そのようなOpenSSO的労働の世界が、「労働をとおして人間を形成する」ことを夢みた人々の前提としていたものでした。


マルクスが『経済学・哲学草稿』で、


《労働の生産物は、対象のなかに固定化された、事物化された労働であり、労働の対象化である。


労働の実現は労働の対象化だ。》


・・・と書いた時、その背景にあったのも同じでした。


これは、この菓子はおれの作った菓子、この鉄砲はおれの作った鉄砲、ということが労働者の実感として存在している時代の文章です。


しかし同時にこの文章は、それ以後百年の変化の方向を圧縮して指し示す言葉でもあったのです。

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