東アジア世界と日本の国際感覚

日本は、1868年の明治維新に至るまで、これまで述べてきた欧州国際社会とは全く異質な中国を中心とした東アジア国際社会の中で、その国際感覚を養ってきました。


その異質性を確認すれば、私たちがよほど意識的に係わっていかなければ、国際機構という欧州国際社会の歴史的産物の今日的意義と問題点について正確な認識は得られず・・・


したがってまた、今後の国際関係の中で日本が国際機構といかに係わっていくことが必要かについても、有効な指針を得ることが困難であることが分かるだろうと思います。


日本が東アジア国際社会に登場したときは、既に中華帝国を中心とした東洋世界は形成されていました。


その世界は、強力な中国王朝がある程度政治的社会を熟成させた周辺諸民族との間で、「冊封」関係(皇帝と各国君主との間に爵位の授与によって設定される君臣関係)を結ぶことを通じて、国家関係を上下関係として規律するものでした。


日本は、中国側の記録によれば、西暦1329年にこの冊封関係に参加したとされています。


・・・しかしその後日本の支配者は、7世紀頃までには中国の天下思想を借用して自らを中心とする小中華世界を構想する思想を生むにいたったとされます。

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