東アジア世界と日本の国際感覚 2
朝鮮半島を支配した国々は、階以後の中国の王朝との間で冊封関係を結ぶのですが、日本は朝貢はしても冊封は受けないようになり(7世紀以後。その例外は足利時代)・・・
また、朝鮮の各国を臣属国として扱おうとする傾向を強めた(5世紀以降)ことに現れています。
・・・このように国家関係を上下関係として捉える考え方は、国家関係を対等な関係として位置づける欧州近代国際社会の基本的考え方とは真っ向から対立するものです。
明治維新によって日本は、その近代国際社会の中に身を投じることになりました。
しかし、その欧州諸国は帝国主義の時代に入りつつあるときで、日本の支配者は、当時の国際関係の支配的原理を弱肉強食的なものとして捉えました。
つまり、伝統的な東アジア世界で働いていた支配的な原理である上下関係として国家関係を理解する見方を訂正する必要を感じなかったのです。
そのため、対等平等な国家間の関係を調整し、相互に共通な利益を増進するための国際機構の存在理由・意義というような問題意識は、ほとんど生まれることもありませんでした。