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      <title>自分をさらけ出し</title>
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      <description>占い、音楽、趣味、日記、行きたいところなど</description>
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         <title>東アジア世界と日本の国際感覚　4</title>
         <description>その主要な動きについて、内外の研究成果を踏まえて説明したいと思います。


ただし、私の話全体を通じての狙いは、あくまでも国連について考えることにありますから、国際連盟が国連を生む上で歴史上どのような地位を占めるかという点に重点をおいてお話しすることになります。


第一次大戦後に普遍的な国際機構を組織すべきだという考え方は、大戦が勃発して間もなくの19一5年にアメリカとイギリスでほぼ同時に生まれました。


・・・このほかにも、オランダ、フランス、イタリア等でも同様の考え方が提起されましたが、英米両国が連盟の具体化に終始指導権を発揮することとなります。


まずアメリカでは、1915年に有力知識人で構成される民間団体が、世界諸国家から構成される「諸国家の連盟」を設立。


政治的問題は武力行使に訴える前に調停委員会に付託すべきこと・・・


また、加盟国がこの手続きを踏まないで武力行使に訴えた場合には、他の加盟国は力を合わせてこれに対処すべきであること、という趣旨の決議を行いました。
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         <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 14:02:05 +0900</pubDate>
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         <title>東アジア世界と日本の国際感覚　3</title>
         <description>確かに日本も電気通信、郵便などの国際事業の必要性を認め、これらに参加しました。


・・・しかし、それはあくまでも現実的な必要性という判断によるものであって、欧州国際社会における国際機構発達の長い試行錯誤の意義を十分に踏まえた上でのものではありませんでした。


これから見ますように、日本は国際連盟、国際連合への参加に際して、国際機構の存在理由とその問題について考える客観的機会を得るわけです。


しかし日本は、前者に際しては戦勝国として自らの取り分のことだけしか考える気持ちを持たなかったし、後者に際しては大国・アメリカの後をついて歩くことだけしか念頭になかったのです。


こうして日本は今日に至るまで、国際関係が対等平等な国家関係ということを基本原理とすること・・・


そして、国際機構の存在理由はそういう国家関係を前提として、その相互関係を規律する必要から生まれたものであることを正確に理解することのないままに来てしまいました。


第一次世界大戦から第二次世界大戦の間の期間を戦間期と呼ぶことがあります。


・・・この期間の国際機構の代表的存在は、もちろん国際連盟(以下、「連盟」と略します)です。

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         <pubDate>Mon, 19 Dec 2011 14:01:28 +0900</pubDate>
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         <title>東アジア世界と日本の国際感覚　2</title>
         <description>朝鮮半島を支配した国々は、階以後の中国の王朝との間で冊封関係を結ぶのですが、日本は朝貢はしても冊封は受けないようになり(7世紀以後。その例外は足利時代)・・・


また、朝鮮の各国を臣属国として扱おうとする傾向を強めた(5世紀以降)ことに現れています。


・・・このように国家関係を上下関係として捉える考え方は、国家関係を対等な関係として位置づける欧州近代国際社会の基本的考え方とは真っ向から対立するものです。


明治維新によって日本は、その近代国際社会の中に身を投じることになりました。


しかし、その欧州諸国は帝国主義の時代に入りつつあるときで、日本の支配者は、当時の国際関係の支配的原理を弱肉強食的なものとして捉えました。


つまり、伝統的な東アジア世界で働いていた支配的な原理である上下関係として国家関係を理解する見方を訂正する必要を感じなかったのです。


そのため、対等平等な国家間の関係を調整し、相互に共通な利益を増進するための国際機構の存在理由・意義というような問題意識は、ほとんど生まれることもありませんでした。

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         <pubDate>Sat, 19 Nov 2011 14:00:57 +0900</pubDate>
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         <title>東アジア世界と日本の国際感覚</title>
         <description>日本は、1868年の明治維新に至るまで、これまで述べてきた欧州国際社会とは全く異質な中国を中心とした東アジア国際社会の中で、その国際感覚を養ってきました。


その異質性を確認すれば、私たちがよほど意識的に係わっていかなければ、国際機構という欧州国際社会の歴史的産物の今日的意義と問題点について正確な認識は得られず・・・


したがってまた、今後の国際関係の中で日本が国際機構といかに係わっていくことが必要かについても、有効な指針を得ることが困難であることが分かるだろうと思います。


日本が東アジア国際社会に登場したときは、既に中華帝国を中心とした東洋世界は形成されていました。


その世界は、強力な中国王朝がある程度政治的社会を熟成させた周辺諸民族との間で、「冊封」関係(皇帝と各国君主との間に爵位の授与によって設定される君臣関係)を結ぶことを通じて、国家関係を上下関係として規律するものでした。


日本は、中国側の記録によれば、西暦1329年にこの冊封関係に参加したとされています。


・・・しかしその後日本の支配者は、7世紀頃までには中国の天下思想を借用して自らを中心とする小中華世界を構想する思想を生むにいたったとされます。

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         <pubDate>Wed, 19 Oct 2011 14:00:08 +0900</pubDate>
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         <title>人間力が出ると心が動く　5</title>
         <description>ロボットは指示・命令で即動くが、火事だからといって逃げ出すことはありません。


一人前の年になって就職し、職場ではいやいやしぶしぶで仕事をし、給料の大部分を自分の小遣いとしながら、相変わらず親がかりの生活をしていた娘さんがいました。


その彼女が、結婚して赤ちゃんが生まれたとたんに、育児という24時間&quot;労働&quot;に、我が身を粉にするほどに豹変するのです。


状況が変わったからであり、それを認識したからです。


放ってはおけない、問題だらけの、生々しい状況こそ、人びとが己の人間力を出さざるをえなくなる、あるいは人びとの人間力を誘い出す、唯一の源なのです。


問題のない人生なんてないでしょう。


同様に、問題のない企業なんてあろうはずがありません。


生きているということも、仕事をしているということも、事の大小はあるでしょうが、たえず問題を起こしているということだからです。


・・・しかしそれが、潜在しているか、顕在しているかの違いはあります。

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         <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 12:18:20 +0900</pubDate>
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         <title>人間力が出ると心が動く　4</title>
         <description>達成感も悔しさも、心の動きそのものです。


「人間力は心の動きと共に発揮される」と言われています。


その後に、「心は人間力が発揮されると動く」と。


人間力が先か心の動きが先か、これではにわとりと卵の話になってしまいますが、これが、人間の動きの自然の姿だと言わねばなりません。


では、そういう人間の自然の動きの循環に作用しうるものは、いったい何でしょうか。


「状況」がそれです。


人びとと問題だらけの諸状況との出会いであり、それに続く、人びとと状況との相互作用です。


人間は、状況を認識することさえできれば、必ずそれに反応します。


どんなに指示・命令しても動かない人間、てこでも動かないというような人間がいます。


その彼も、火事にでもなれば、必ず動くでしょう。

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         <pubDate>Thu, 25 Aug 2011 12:17:20 +0900</pubDate>
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         <title>人間力が出ると心が動く　3</title>
         <description>屋外でそのポイントを発見して、1メートルも飛び上がった人もいるそうです。


組革研と同じく、私がキャンパスリーダーを務める「発見力開発研究会」の第1回がつい先日終わりましたが、ここでも同じ光景が見られました。


深夜にいたって発見が続き、チームミーティングが止まらなくなってしまい、夜中の3時、4時にもなって、サービスセンターの人が、この大人たちを寝かせるのに苦労していました。


「あっ、これだ」と、たとえささいなことでも自分で発見すると、それが抽象的か具体的かを問わず、人間はじっとしていられなくなってしまうようですね。


心が動いてしまうらしいのです。


わかってしまった後から考えればあたりまえに思えることなのだけれども・・・。


いわんや、ことの本質だと思えるようなことを発見しようものなら大変です。


その結果、そこに思いが芽生え、それにチャレンジしたくなるエネルギーが生まれてくるのです。


人間力の第ニは、「思い」でした。


そして、それをやり遂げたときの達成感、あるいは達成できなかったときの悔しさです。


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         <pubDate>Mon, 25 Jul 2011 12:16:38 +0900</pubDate>
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         <title>人間力が出ると心が動く　2</title>
         <description><![CDATA[ところが、キッチンで朝食の支度をしていた彼女は、私に背を向けたまま、ただ「あら、そう」と言うだけなのです。


私は「感動がないねえ」とは言わなかったのですが、この違いは、どこから生じたのでしょうか？


答はきわめて簡単明瞭、自分で発見したか、他から聞かされたかにあります。


季節が来れば花は咲く。


わたしの家庭菜園で<a href="http://www.rakuten.ne.jp/gold/auc-e-seedlings/pentakeep/pentakeepsyoukai.html" target="_blank">ペンタキープ</a>が芽を出す・・・。


しかも蕾を見て、そろそろ咲くことも知っています。


・・・こんなにあたりまえのことでさえ、自分で見つけると、ささやかながら心が動くのです。


ところが、それを知らされたほうにとっては、ただ情報か知識がインプットされただけにすぎないのです。


組革研では、この種のことは茶飯事になっています。


F1の仕組みの解明はメンバーにとって重要な課題になるわけですが、その一部でも発見すれば、「えええ」という歓声が起きて、一瞬チームの中にはしーんとした空気が流れます。


その発見が屋外であれば、発見者は駆け足で部屋に飛び込んできます。


・・・そんな光景がたえず見られます。

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         <pubDate>Sat, 25 Jun 2011 12:15:08 +0900</pubDate>
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         <title>人間力が出ると心が動く</title>
         <description><![CDATA[自前の作用とは、人間として生きていくプロセスにおかれているときに起きるものを指しています。


「人間として生きていくプロセス」とは、人間力が発揮されている状態です。


すなわち、人間力が発揮されると、それが己の心を揺さぶるのです。


人間力の第一は、「消化・発見」でした。


私が鎌倉に住んでいたときの話です。


朝、私を起こしにきた妻がカーテンを開けながら、


「7時よ、起きて。(庭の)椿の花が咲いたわよ」


・・・と言います。


眠気まなこをこすりながら、私が「ああ、そう」と何とはない返事をすると、彼女は「感動がないわねえ」と言うのです。


そのしばらく後、日曜日ともなると早く目を覚ます私が、朝食まえに庭に出ると、さまざまな<a href="http://www.rakuten.co.jp/auc-e-seedlings/" target="_blank">花 種</a>を育てているなかで花水木の蕾が1つ、2つ開いていました。


食堂に戻った私は妻に、「花水木が咲いたよ」と声をかけました。

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         <pubDate>Wed, 25 May 2011 12:13:29 +0900</pubDate>
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         <title>かかわりあいの中で保たれる生命　2</title>
         <description><![CDATA[将来、生態系、生物集団とその環境とのかかわりあいを学んだ人たちが新しく住む土地についても、自分の生まれ育ったふるさとでの幼児体験が思い出せるような多様な自然環境・生物環境・<a href="http://www.rakuten.co.jp/auc-e-seedlings/" target="_blank">野菜 種</a>・・・


すなわち人間の持続的な生存環境の形成が強く望まれます。


どこの学校、どこの住宅のまわりにも存在しているこれらの自然とのつき合い方、自然がどのような動物や植物でなり立っているかという具体的な姿が、幼児時代から身体を通して理解出来るような現場教育・具体的な教育・泥遊び教育・・・


時には森の中の散策教育のような自然と人間の共存の正しい体験学習が出来るような道しるべが、自然の姿を全身で知るためには必要でしょう。


具体的な自然とのふれあいを、すべての人たちが、それぞれの立場、与えられた時間・場所・対象に応じて理解し行なってみるゆとりと関心をもたせる工夫が要請されます。


最初はある程度、強制的・義務的に、それぞれの地方公共団体での、例えば植樹祭・緑のレクリエーション祭などの行事でもよいでしょう。


絶えずくり返し、まず大人が自分の故郷を正しく理解し、ほこりをもって、そこに生まれる子供たちに教えきることができるようなシステム・施策が重要です。


同時に、このような施策に、積極的にすべての市民が協力するような関心づくりが必要ではないでしょうか。

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         <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 12:51:56 +0900</pubDate>
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         <title>かかわりあいの中で保たれる生命</title>
         <description><![CDATA[全国画一的な教育についての法令の根幹の政策をふまえて、それぞれの都道府県、市町村、学校においても、そこに生まれ育ち、地区の幼稚園や学校で学ぶ子供たちのための、自然と人間の共存しうる環境教育のための、具体的な土着の郷土読本・ふるさと読本的な教科書・教材が必要です。


単に文字に書いた、あるいは写真や絵がのった読本である必要はありません。


むしろその学校や幼稚園、あるいは各戸のまわりにはどのような池・小川・畑・水田・並木・<a href="http://www.rakuten.ne.jp/gold/auc-e-seedlings/pentakeep/pentakeepsyoukai.html" target="_blank">ペンタキープ</a>・・・


そしてその土地固有の鎮守の森やお寺の森に対応するようなふるさとの森が存在しているかが分かるようなものであればいいのです。


そして、郷土読本や地図によって、実際の野外教育の実施が望まれます。


人間の影響下にある空地の雑草群落も含めた緑、そこに生息している昆虫・小動物などの動物をみても、生物は共同体を形成して生きています。


溝の中一つを見ても、単独で孤立して生活している動物・植物は全くいません。


互いに何らかのかかわりあいをもちながら、その小さなかたまりがさらに隣りのかたまりと対応しているのが生物社会です。

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         <pubDate>Fri, 11 Mar 2011 12:51:03 +0900</pubDate>
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         <title>教育を考える　2</title>
         <description>頭脳教育ばかりでなく体験を通しての全人教育が基本です。


すべての動物が、この世に生まれ出てから本能的ともいえるような成長プロセスによって大きくなるのと同じように、人間もまたその本性・本能次元までおりて、自然環境と人聞、生物社会の掟について身体を通して、まず徹底的に体得させることが大切です。


このような体得教育システムを基本とし、さらに脳細胞の発達に対応して、全人教育からしだいに、頭脳教育へと比重を高める総合教育システムが必要です。


そのためにも、すべての子供たちがそれぞれ、住んでいるところの近くで、あるいはまわりの共同の公園で、残されたその土地固有の自然の森から草原に至るまで、多様な自然環境、多彩な生物社会の実態に具体的にふれることのできるような今後の町づくり、県土づくり、国土計画が基本になります。


具体的にいうと、緊急で最低限の条件として、雑草園からさらに低木林、その土地固有のふるさとの森に象徴されるような樹林がすべての町や村や県土に、あらゆる地域に必要です。


どんな大都市や産業立地の中に生まれ出た子供でも、両親や家族、さらに先生たちによって、四季を通して、それぞれの足もとの自然・生物社会の共存者にたえず接しうるような国づくり、県土づくりが要請されています。

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         <pubDate>Fri, 11 Feb 2011 12:42:22 +0900</pubDate>
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         <title>教育を考える</title>
         <description>現在の知識を主にした教育システムでは、工場生産的な手法のように各教科に分け、それを手際よくメニューにして切り売りし、つめこむやり方がとられます。


それは一時的・部分的には効率が高いかもしれません。


しかし、どんな精巧なロボットやコンピュータも、その中にうちこまれたデータのアウトプット以外は期待出来ません。


したがって、現代の数学・国語・英語その他の各教科がどれほど重要であっても、それは全人教育・全社会人教育の主要な部分ではあるがすべてではありません。


一見精巧で網羅的に見える現代の学校教育・社会教育で見おとされている部分があります。


たとえば、新しい文明・都市の発達、自然の開発、環境の善意による改変ということでも、総合的に見ればしばしば社会不安、自然破壊、環境汚染や公害、さらには人類の破滅につながるような禍根を将来に残しかねない場合があります。


これは分析的・工場生産的思考法や手法が全てではないということを示している一つの例証です。

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         <pubDate>Tue, 11 Jan 2011 12:39:58 +0900</pubDate>
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         <title>労働を考える</title>
         <description><![CDATA[労働が対象との直接的格闘であり、その格闘が、一人の個人が自然について学んでゆく手がかりだということ。


そして、ものを作る活動が一人の個人がさまざまな人とつながり、社会的活動を展開させることと一体化していた労働の世界・・・


仕事をする腕が人間が生きてゆくためのもっとも確実な保証であり、仕事の能力を身につける過程が「人生」と完全に重なっていた労働の世界。


そのような<a href="http://openstandia.jp/services/opensso/index.html" target="_blank">OpenSSO</a>的労働の世界が、「労働をとおして人間を形成する」ことを夢みた人々の前提としていたものでした。


マルクスが『経済学・哲学草稿』で、


《労働の生産物は、対象のなかに固定化された、事物化された労働であり、労働の対象化である。


労働の実現は労働の対象化だ。》


・・・と書いた時、その背景にあったのも同じでした。


これは、この菓子はおれの作った菓子、この鉄砲はおれの作った鉄砲、ということが労働者の実感として存在している時代の文章です。


しかし同時にこの文章は、それ以後百年の変化の方向を圧縮して指し示す言葉でもあったのです。

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         <pubDate>Sun, 05 Dec 2010 10:26:55 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>天安門事件後の中国　9</title>
         <description>ところが、李鵬首相は会見の最後になって、突然自ら切り出したのです。


「質問は出ていないが、記者のなかに第14回党大会の開催時期を聞きたい人がいることを知っています。


党大会は規約どおり来年開催され、繰り上げ開催はないと思います。


党大会の前に、代表会議を開く計画もありません」。


・・・つまり李鵬首相は、92年まで中央指導部の人事交代はないと強調したのです。


李鵬首相は「中国の安定とは政府の安定も含むものであり、現政府の任期中は、私のこの首相のポストも変動があるはずはありません」とも断言しています。


首相の任期は、5年間。


李鵬首相の就任は、1988年ですから、93年までは首相を続けると宣言したにも等しいわけです。


この自信はどこから来ていたのでしょうか。

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         <pubDate>Fri, 03 Dec 2010 15:45:31 +0900</pubDate>
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